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少年が起こす交通事故

 交通事故
 毎日新聞には、『<集団登校事故>校長ら怒り 「子供はルール守っている」』と題する例の記事が目に映る。例の事件とは、24日午前7時55分ごろ、京都府八幡市八幡双栗(そぐり)の府道で、集団登校中の同市立八幡小学校の児童の列に、18歳の少年が運転する乗用車が突っ込んだ事故。1年生の男児(6)が頭などを打って重体、1~5年生の男児と女児計4人が軽傷とみられる。その事件だ。

 この事故関連で、日刊ゲンダイは、『また京都で小学生巻き添え 集団登校のデメリットは解消できるか』とか、毎日新聞の『<京都集団登校事故>児童の家族「亀岡の事故思い出した」』ともある。問題は、こうした事故がなぜ繰り返すのかと言う点だろう。

 事故を起こさない人は、起こさない。30年だろうが、40年だろうが、無事故を誇る。その人と、この少年の運転を比べれば何が違うのか、簡単に言える。本人に会わなくったって、今までの経験を元にすれば、簡単に言える。それは、運転に対する慎重さが違う。ハンドルさばきなどの技量ではない。そう、慎重であれば、事故はそう簡単に起こさない。

 運転する者を慎重にさせる。それには、事故を起こした時の償いを重いものにする事が、必要では無いか。それを周知徹底させる。若い者が事故を起こせば、一生を棒に振る位の重さが必要だ。命を落とした被害者や、自重傷を負い後遺症に悩む被害者の事を考えれば、当然の事だ。

 所が、日本では人権とか、その手の話を得意とする法律家が跋扈し、加害者は、そこそこで社会復帰をする。被害者が受けた苦痛よりも加害者の償いが、圧倒的に軽いと言うのがどうやら、日本の相場だ。

 彼には、友人もいるだろう、知人もいるだろう。このニュースを見ている人もいる。だが、そこそこで社会復帰をしたら、その周囲に何の慎重さを求める機運すら起こらない。それでは、被害者は、何のための犠牲なのだ。そうした法律屋の犠牲か。被害者に死んだ者が出たら、いっその事、終身刑にしたとしよう。そうしたら、彼を知る若い友人は、慎重な運転になるだろう。ニュースを見た人は、慎重な運転になるだろう。厳しい対応だけが、無節操な運転を諌める方法ではなかろうか。それ位の厳罰を科さなければ、無くならないのではないか。

posted by おやじ at 2013/09/27 06:16

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