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個人崇拝批判

  個人崇拝批判
 産経新聞には、『「知能レベルの低いこと」習近平主席母校の教授が個人崇拝批判 異例の事態』と題して、中国の習近平国家主席の母校、清華大の教授が7月下旬、指導者への個人崇拝を厳しく批判し、国家主席の任期復活や天安門事件の再評価を要求する論文を発表、中国内外で波紋が広がっている。体制側の知識人が中国共産党指導部に“反旗”を翻すのは異例の事態だ。とある。

 この教授は、国家が、自身に及ぼす身の危険を顧みずに勇気ある行動をとったのだろう。だが、記事には、現在、中国本土では許氏の論文がネットで閲覧できなくなっている。ともある。これが人治国家と言われる共産主義だ。共産党独裁とは、習近平国家主席が言えば、憲法だって意味をなさない。教授が何を言おうと、どんな行動に出ようと、国家の権力によって、社会から隔離される。その方法が、粛清であろうが、精神病院であろうが、大学校内であっても、意味は同じだ。

 日本には、そんな国家にあこがれ、日本共産党に投票する連中が、4~5%位はいる。記事では、「なぜこのような知能レベルの低いことが行われたのか、反省する必要がある」と痛烈に批判とある。日本に当てはめれば、共産党支持者は、まるで宗教か洗脳か分からが、妄信的な所は、これに似ている。そんな気がする。

 歴史を見れば明らかだが、民主主義国同士は、戦争をしていない。戦争が起きるのは、共産主義国家か、独裁主義国家が絡む時だ。中国はまさに、共産主義国家であり、独裁主義国家だ。習主席崇拝が進めば、アジアの平和に微妙な影を落としかねない。日本の共産党が、平和と言っても、それは、民主主義国家が掲げる平和とは、根本的に違うと考えた方が良い。
posted by おやじ at 2018/07/31 06:32

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