> 技術の海外移転  思い出  技術の海外移転
2010年9月
技術の海外移転  思い出  技術の海外移転
私の知る会社では、一昔前まで、事業部長になるのは、殆ど営業出身者だった。技術屋や工場出身者には、狭き門だった。そんな事業部長に、技術屋が開発中の製品をレビューをすると、事業部長は、得意満面になって、業界団体で知識をご披露してしまう。レビューをしないと評価されない、レビューをするとこの有様。誰もが困ったものだと思ったものだ。

技術の機密に対する認識が薄れる中、韓国の企業から、技術者へ土日アルバイトの誘いが入る。破格の金額で、自分の技術を評価してくれると思い、韓国の企業へ先生として出かける。多くが、半ば公然として出かけた。何年かして、韓国の企業と競争関係になり、価格で太刀打ちできないことを思い知らされる。やがて、待っていたのは、仲間のリストラ。

今は、技術屋も偉くなれる。その技術屋の判断は、中国へ技術移転だ。研究所も中国、生産も中国、市場と上がった利益(所得)は、日本の物だが、実態は日本に無い。いわゆる空洞化だ。お金だけの所得収支で業績を改善する。賢いと言えば賢いが、バカと言えばバカだ。

経済音痴の政治家、保身に走る官僚、無知な国民。これらが改善されなければ、誰が経営者になろうと、結局同じ事と痛感する。
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