> 上海の思い出  上海の思い出。
2010年7月
上海の思い出  上海の思い出。
中国で建築の仕事は、オーナーと話さなければいけない。日本と違い、オーナーが材料や職人などすべてを所有する。設計者にスペックインすれば済む日本とはだいぶ違う。

ある日のこと、オーナーとの打合せが決まった。通訳は、先方で準備してくれるそうだ。日本で勉強中の学生と聞く。当日、若い女性がいた。この人が日本語の通訳か。だが、会議が始まると、これが食わせ物だと分かる。通訳ができるレベルではない。どうも日本の歓楽街で働いたことがあるらしい。ただそれだけ。でも本人は、通訳だという。

幸い、英語が話せる人が居たので、中国語=英語=日本語と意思疎通が出来た。商談は、価格で問題があった。日本の物は、高い。仕方なく、韓国の製品を使うことになった。商談も済み、上海見物に出かける。地図に丸をして、タクシーに見せれば、好きなところ行ける。運転手は、道の渋滞地点では、パトカーにすら遠慮しない。食事も筆談で事が済む。中国の生き馬の目を抜くようなバイタリティーを感じて、日本に帰った。

日本に帰る道すがら、コンビニの前で、地べたに車座に座り込んだ高校生たちを見る。日本の将来を託す若者。ふと、中国で見た自称通訳の若い女性を思い出す。日本は、グローバルの世界で競争に勝てるのだろうか。心配しているのは、私だけだろうか。

心配の種
1.円高のため日本の製品が高くなってしまっている。(郵政改革法案は、円高を更に誘発してよくない)
2.若者の、無気力さ、バイタリティの無さ。(あの先生の組合の言うことを聞き過ぎ)
NiconicoPHP