> スイッチング・コスト  スイッチング・コストで考える
2010年9月
スイッチング・コスト  スイッチング・コストで考える
経済学の理論で、「スイッチング・コスト」というのがある。現状を変更するときに掛かるコストだ。つまり切替コストだ。変更後のメリットと、コストを比較して、コストが掛かり過ぎると、現状を変えない。逆にコストが大して掛からなければ、現状を変える事になる。これを国家間の侵略戦争で考えてみる。

もし、民社党の言う自衛隊不要論が通り、日本が無防備ならば、侵略を試みる国から見て、「スイッチング・コスト」は、極めて低い。今回の尖閣問題が、日本の本州問題になっていたはずだ。一方、9条が改定され、軍備が充実していれば、この「スイッチング・コスト」は、極めて高く、事件がそもそも起きなかったであろう。(抑止論)。

事件が起きると、しばらくは騒がしくなる。時間がたつと、その揺り戻しで、「戦争はイヤ」とか、「平和憲法論」が持ち上がり、マスコミ、評論家もそれにならう。あの人、“カンジワル”とか言って結局何もしない、何も出来ない、ただ、尖閣の立場が悪化しただけ。これが、今の日本。頭で考えず、感覚で判断する。残念だ。

戦争は、誰でもイヤだ。だから起こさせない。それを「スイッチング・コスト」の観点から考えてみた。今度、細野前幹事長代理が訪中するが、丸腰で、乗込む勇気は、買うが、中国から見て、何を「スイッチング・コスト」として持っているのか。訪問の手土産だけ持って、行くことにならなければ良いが。
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