> 日中友好の象徴  知ってるかい、奈良県民
2010年9月
日中友好の象徴  知ってるかい、奈良県民
「中日友好の象徴」で、 第2次大戦で奈良や京都の爆撃回避を米軍に進言した中国建築史家の銅像を奈良県に寄贈する事で、奈良県は、準備を進めていたことが流れたが、その後どうしたのかな。ちゃんと奈良県は事実を確認しましたか?

原爆投下に付いて、「原爆投下決断の内幕」(1000ページ以上)に、色々書いてあるが、むろんこの人の事は一言も出てこないし、進言とかその類は全く関係なさそうだよ。

この件、前のブログにも書いたが、ある専門家は、(進言したと言う人は、他にも沢山いる)。
1.この人が爆撃回避を米軍に進言した証拠は無いそうな
2.米軍によると、奈良はもともと、爆撃の対象になってなかったそうだ(爆撃の価値がないと判断)
  (私:これは、以前聞いたことがある)
3.米軍資料によると、廣島、長崎の次に京都が原爆投下候補地で、その前に日本が降伏したので、原爆投下が無かったと (私:これも、京都が、廣島、長崎の後の候補地だったと聞いたことがある)

奈良県は、事実をちゃんと調査すべきだね。担当者は、言われるまま進めるのではなく、調査を依頼すべきだ。そうでないと、恩人なのか、ペテン師なのか分からないではないか。まず、上記1の証拠が必要。次に2と3は、調べれば、生き証人なりの発言や多分資料がある。
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