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チャレンジ精神の得点
 第2段目の「直球勝負」は、内角高め、胸元いっぱい、デッドボールすれすれを放ってみたいと思います。

 「2人の領袖」という理論があるそうです。何かに成功すると6点がもらえ、無事失敗がなければ、2点。たとえ大失敗して損害を与えても寛大な評価ですから、マイナス1点で済むゲームです。1人は、果敢に挑戦を繰り返し、成功報酬の6点にチャレンジします。もう一人は危険を冒さず、失敗をしないようにするため、一切のチャレンジはしません。最終的にどちらの持ち点が大きくなるでしょう......という理論です。結果は、何もしなければ、持ち点は最大になり、チャレンジを繰り返せば、持ち点は減少することになります。これは、報酬を得られる成功の確率が2分の1より小さいためです。
 これをサラリーマンの個人に例えると、いろいろプログラムを持って仕事に果敢にチャレンジするより、堅実に誰でもできる程度のことをやる方が持ち点、すなわち出世の早道だよ、ということになります。いささか、気持ちに何かがよぎるのを感じるのは、私だけでしょうか。

 我が家のことで恐縮ですが、私の家には猫がいます。我が家に来た当初は、何にでもじゃれつき、虫を見つけては食べてしまい、障子は破くし、私に叱られぱなしの悪戯猫でした。ところが最近は、年を取ったせいか猫じゃらし程度では、はしゃぎません。だんだん犬のように呼ぶと来るようになりました。私が帰ると鳴きながら寄ってきて、自分のお尻と背中をこちらに向け、いわゆる従順の姿勢をします。
 彼は、誰が餌の配分を握っているか知っているので、ついお刺身をふんぱつしてしまうほど、なかなか可愛い猫です。そんな我が家の猫も、いわゆる制空権ではありませんが、近所の縞猫に制庭権ならぬ、庭取りに負けてしまいます。年のせいで仕方はないのですが、この辺りは一時、彼の持ち場だったはずです。サラリーマンではありませんが、市場を開拓するためのチャレンジよりは、従順で可愛がられる方がきっとおいしい餌を頂けるのでしょう。しかし、企業としての制庭権ならぬ、マーケットシェアを失うのかも知れません。

 先日、駅で痴漢を目撃しました。正確に言うと、痴漢を捕まえました。夜も11時をだいぶ過ぎた頃でしょうか。歩いている若い女性のスカートの中へ、後ろから来た中年の男性が手を入れるのを目撃しました。女性がその男性を追いかけ捕まえようとしたら、彼は、逆に女性を力いっぱい突き飛ばします。周りには何人か人は居るのですが、皆、知らん顔で通り過ぎます。2度も突き飛ばされながら、さらにその女性は果敢に男性を捕まえようと向かっていきます。その光景を見て、自分でも何故かは分かりませんが、私はやっかいなことにその男性を捕まえる方に廻ってしまいました。痴漢捕り物を見ても終電車に間に合った通行人、痴漢をした男、痴漢をされた女性、それと私、ある意味でそれぞれがチャレンジをした3人と通行人。誰の持ち点が最大でしょうか。

 企業にとってチャレンジは死活に関わるほど大切ですが、個人に帰ると「2人の領袖」の理論が働き、チャレンジには難しさがありそうです。人間は、本能として急な外的変化に遭遇すると取りあえず静観し、様子を見ます。そうすることが賢いと自分に言い聞かせ、バカな誰かが活路を切り開くのを待ちます。活力を失わない企業であり続けるためには、「個人のチャレンジに対して与えられる評価は、彼自身と市場や社会だけが資格を持っている」、ということを理解することではないでしょうか。
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