総踊りの実施 KYODOには、『「総踊り」決行に市民ら賛否』と題して、徳島市で開幕した夏の風物詩「阿波おどり」は、市を中心とする実行委員会が中止した「総踊り」を有力踊り手団体が13日夜に決行し、市と団体側の対立が決定的となった。市民らからは14日、総踊りの実施に賛否の声が上がった。
総踊りは大勢の踊り手が一つの演舞場に集まり踊りを披露する演出。中止に反発する「阿波おどり振興協会」に所属する踊り手グループの千数百人が、演舞場外の道路で実行委の中止要請を振り切って実施した。大きな混乱はなかった。
徳島市役所内にある実行委の事務局には14日、県内外から「例年通りやった方が良かった」など数十件の意見が寄せられたという。とある。
これも結局は、天下りと既得権益の問題なのか。不思議な事に、その所を突く報道はない。だが、「総踊り」を中止すれば、その客が他に分散すると言う発想は、官僚の社会主義的発想だろう。これで、うまく行く訳がない。
客足が少ない所は、創意工夫を凝らして客を引き寄せる。互いに競争する気持ちで祭りを盛り上げるのが、自由主義的発想だ。そうした発想がない事を考えると、天下りと既得権益の問題なのかと勘繰れる。既得権益は確かだろう。だが、社会主義的発想が生まれる背景には、そこに天下りが含まれているのか、その事実は分からない。
「総踊り」が無くなれば、徳島の阿波踊りの魅力は、半減する。それの代替する企画はなさそうだ。